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悠渓(ゆうけい)

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まとめ
02月05日(日)

歌人の感性

昨日、NHKをつけたらドキュメンタリー番組をやっていて、
一人のセーラー服姿の少女が映っていた。
何をしている子なのだろうと思って見ていると、
『鳥居』さんと言って、いま注目を集めている若き歌人なのだそうだ。
しかし彼女の詠む短歌は変わっている。

ここから先の記事は(ちょいと暗いので)当おばかブログの雰囲気とは合わない。
それに今日は日曜日ということもあって、
ほっこりした気持ちで過ごしている人たちには気が引けてしまうのだけど、
しかし迷った末に、やっぱり続きを書くことにした。
たまには暗い内容もいいかなと思う方は、読んでみてつかあさい。
(そんなわけでいきなり以下のごとく話から)

たとえばどこかで、ある少女が校舎から身を投げたとする。
ああ、きっとまたイジメが原因なのだろうと、
世間の多くの人たちは地上に倒れたその少女の姿を思い浮かべる。
しかし鳥居はそうではなく校舎を見上げて、
その先にあるものを見つめるのだ。

揃えられ主人の帰り待っている 飛び降りたこと知らぬ革靴

こんな短歌も…

道端で内蔵晒す猫の目は あおむけのまま空を映して

ううむ…
ふつう、そっちへ行くか?想いが!(汗)
悲しすぎる。

このような感性はどんな環境から生み出されたのだろう?

物心がつく前に両親が離婚
小学生のとき、うつ病を患っていた母親が目の前で自殺
施設で育つが虐待を受ける
若くしてのホームレス体験
拾った新聞で字を覚える──
これが彼女の半生。大人でも耐え難い!(汗)

番組内で、笑顔を見せて話していた鳥居に、番組スタッフから、
「どうして笑顔で話すの?」との問いかけが。
わたしが思うに、きっと彼女は周りの人たちに、
彼女なりの気配りをしていたのだ。
短歌からも伺えるように彼女は感受性が豊かで、
辛い過去を背負っている分、
他者に対して優しい子に違いないと思う。

セーラー服姿の歌人ということから、
商業的であるとの批判も少なくないらしいけれど、
「小学校(3年生までで)中退」と語るご本人によれば、
セーラー服を着るのには深い意味が込められていて、
大人になってからでも(必要とする人には)
義務教育を受け直すことが出来るような世の中であってほしいとの、
強い意思表示なのだそうだ。学びの象徴なのだから、
ヘンな意味にとってはいけない。

(そう言えば、さっき彼女のツイッターのプロフィールを見たら、
『セーラー服の理由は、デモ あるいは 身体芸術 and more?』
とも書かれていた。)
頭の良い子なので彼女の感性はそういう側面も見過ごすことはない。
確かに女性の體が美術の分野において、
重要なモチーフであり続けている事は異論のないところ。
(+セーラー服となると最強かも)(汗)

鮮烈な印象を残す彼女の短歌は、
この先、ますます磨きをかけ、世間の注目を集めていくと思う。
もっとも彼女自身は、
「しばらくしたら(自分の存在そのものが)忘れ去られるのは分かっている」
と謙遜する。
聡明な女性だし、そんなふうに持ち前の冷徹なリアリズムから、
自己分析をしているのかもしれないけれど、
彼女を支持する人たちは今後も間違いなく増え続けて行くだろう。

そして彼女自身の暮らし向きもこれから少しずつ改善され、
トラウマが一日も早く癒える事を望みつつ、
さらに彼女には短歌の師だけでなく、
今後の生き方に大きな影響を与えるような、
優れた教育者(ヘレン・ケラーを救ったサリバン先生みたいな指導者)
に巡り逢えることを願う。

セーラー服の歌人《 鳥居 》キリンの子 (@torii0515) | Twitter


【追補】
長年の辛い体験から鳥居は、
《心的外傷後ストレス障害(ptsd)》を発症、
現在、医師から就労を禁止されている。

ドキュメンタリー番組では時に笑顔も浮かべていた鳥居だが、
実際のところ彼女は人と会うことさえままならず、
公衆の面前でいきなりポロポロと涙を流しながら、
心情を吐露したりもする。
精神的に非常に不安定な状態で心に大きな傷を負いながらも、
世間的には「にこやかに生活していてどこが病気なのだ?」
と誤解し、全く理解しようともしない人たちも少なくない。
彼女ほどの辛苦は舐めていないものの、
わたしは心労で倒れた経験があり、
その辛さは多少なりとも分かるつもり。
一日も早く彼女の心の傷が癒やされることを祈る。


本2冊

歌集『キリンの子』は鳥居の処女作である。
関心を抱いて読みたくなりAmazonで検索したときには、
ベストセラー第1位でしかも売り切れだった。
中古にプレミアが付いているような状態。
けっきょくカドカワのサイトで注文したのだが、
本が自宅に届いた2月10日は(あとから知ったが)
奇しくも『キリンの子』が出版されて満1歳の誕生日であった。

それはともかく、早速、読み始めると、中ほどに、
とりわけ引き込まれるこんな一首が…

病室の壁の白さに冴えてゆく 意識のすみに踏切の音

静謐で寂寥感がある。
無彩色の白い部屋も脳裏に浮かぶ。
「踏切の音」について、
わたしは深く考えることもなく読み進んでいく。
すると、こんな一首が…

遮断器の黄色と黒の縞々を つかんでふいにくぐりぬけゆく

ある日、鳥居は友と二人で道を歩いていた。
ところが警報音が鳴り響く踏切のところで、
その友がいきなり遮断機をかいくぐり、
驚いて呼び止める鳥居の目の前で線路内にうずくまり耳を塞いだ。

後日、鳥居は目を背けることなくありのままに、
そのあと起こった凄惨な光景を歌に詠む。
淡々と紡がれる言葉たち。この恐ろしさは何なのだ…
誰しもそのリアリティに慄然とする。

もちろん彼女はほかに優しい歌もたくさん詠んでいる。
しかし鳥居にとってその出来事は、
時が流れても色褪せることはなく、
日常の中に踏切の音が容赦なく紛れ込むたびに、
彼女はずっと苛まれながら生きて来たのだろう。

幼い頃から傷つけられてきた子供は、
感覚が研ぎ澄まされていて非常に繊細であり、
とても壊れやすい。
それに加えて感受性が豊かなため、この子が感じる心の痛みは、
普通の人とは比較も出来ないように思う。
些細な事がきっかけになって脆くも心を抉られてしまうのだ。

そうした痛みを鳥居は詩的に昇華させ、
「芸術の愛される社会を目指したい」と語る。
それはきっと現実の場所から離れ、
精神が遠く深く高く飛翔して行ける、心の居場所のある世界なのだろう。
わたしにとって芸術とはそういうかけがえのないものだ。

屋上に靴を脱ぎ揃え、遮断器をくぐり抜け、薬を口いっぱいに頬張って、
消えていなくなってしまった人たち、
鳥居の中で生き続けている彼らも、その世界では自分の居場所を見つけて、
安らいでくれるのではないか。
歌集『キリンの子』を読み終えて、わたしはそんなことを想う。


 

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